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スタッフからの現地便り

春空の下、能登の里山を歩く

  • 更新日:2016年08月17日
  • カテゴリ:自然観察
春空の下、能登の里山を歩く


 初春の能登半島。穏やかな日本海を左に見ながら『のと里山海道』を北に進むと、黒い瓦と板壁の家が目立ってきます。能登瓦と呼ばれる光沢のある黒い瓦は、能登の特徴的な落ち着いた景観を作り出しています。金沢市内から車を走らせ約1時間で『能登 志賀(しか)の郷リゾート』に到着。木々の新芽で淡い黄緑色の靄がかかったような林は、ユキグニミツバツツジの紅紫色の花に縁取られていました。

■ユキグニミツバツツジ(雪国三葉躑躅)ツツジ科ツツジ属
本州の秋田県南部から鳥取県東部の日本海側と近畿地方の山地林内や林縁に生育する落葉低木。4~6月、葉の展開前か展開と同時に紅紫色の花をつける。枝先に葉が3枚輪生する。葉柄に毛がないのが特徴で、よく似るダイセンミツバツツジ(大山三葉躑躅)は毛が密生する。日本海側の多雪地に分布することからついた名。

 能登 志賀の郷リゾートは能登ロイヤルホテルと能登ゴルフ倶楽部を挟んで能登温泉健康村とロイヤルシティ能登リゾートに分かれていますが、全体的に平坦なところが多く、坂があっても緩やかなので散策にちょうどよい道が続きます。今回は前回訪れた時にはまだ整備されていなかったロイヤルシティ能登リゾート内の遊歩道から歩いてみました。道にはバークチップが敷かれ、足の裏に柔らかい感触が伝わり気持ちよく歩けます。歩き始めると林の中は動き始めた植物であふれ、あちらこちらの木にミツバアケビサルトリイバラが絡みつき花をつけています。

■左:遊歩道
落葉樹の新緑に包まれた林の遊歩道は、バークチップが敷かれ足に優しい。
■中:ミツバアケビ(三葉木通、三葉通草)アケビ科アケビ属
本州から九州の山野に生育する落葉つる性木本。4~5月に垂れ下がった花序の先端に雄花、付け根に雌花をつける。花弁はなく濃紫色の花弁のように見えるのは萼片。紫色の果実は9~10月に熟して裂開する。果肉は白色で果皮と共に食用になる。葉は3枚で鋸歯がない。名前の由来は果実の色から『朱実』『赤実』(あかみ)が転訛した、果実が熟すと口を開くことから『開け実』などの説がある。大きい花が雌花、その下で数個まとまってついているのが雄花。
■右:サルトリイバラ(猿捕茨)別名:ガンタチイバラ、カカラ、サンキライ サルトリイバラ(ユリ)科シオデ属
北海道から沖縄に生育するつる性落葉樹。雌雄異株。刺と葉の元にある巻きひげで近くの木などに絡んで伸びる。春に咲く淡黄緑色の花より秋からつき冬になっても落ちない赤い実のほうが目立つ。猿も捕らえられてしまうほどの鋭い刺が生えていることからついた名。実が美しいためサンキライの名で花材として使われる。

 銀色の毛で包まれたコナラの若葉の下には花がひも状に下がり、オオバクロモジやアキグミ、カマズミなどの花も咲いていました。能登ではガマズミ、ミヤマガマズミ、コバノガマズミが分布しているので、この樹はどれだろう?と葉を見るとミヤマガマズミでした。

■左:コナラ(小楢)の新葉と花 ブナ科コナラ属
雌雄異花 北海道から九州の日当たりのよい山野に生育する落葉高木。新葉には絹毛が密生するが後に無毛になる。花は4月下旬頃、葉の展開と同時に開花する。雄花はひも状に枝から下垂する。雌花は枝の先端に数個つくが目立たない。堅果(どんぐり)は長楕円形でその年の秋に熟す。名前はオオナラ(大楢:ミズナラ(水楢)の別名)に対して小さいことからついたという説や、小さな葉のナラ(楢)の木からという説がある。ナラ(楢)は「鳴る」が変形したもので、風が吹くと葉が良く鳴ることから。
■中:ミヤマガマズミ(深山莢蒾)レンプクソウ科ガマズミ属
北海道から九州の丘陵や山地の林や林縁に生育する落葉低木。4~5月に白い花を多数まとめてつけ、9~10月頃に実が赤く熟す。葉の先が尾状に尖り、葉柄に長い毛がある。ガマズミの葉柄の毛は短い。コバノガマズミは葉柄が短く、葉に毛が多い。深山とつくが里山でも見られる。名前の由来は漢名「莢蒾」の音読みからという説や、幹や枝を鎌の柄に使っていたことからカマ、果実を染料に使っていたことからソメがつき、転訛したという説、果実に酸味があり酢味が転訛してズミになった、など諸説ある。
■右:オオバクロモジ(大葉黒文字)クスノキ科クロモジ属
北海道の渡島半島と本州の東北地方以南の日本海側の落葉樹林に生育する落葉低木。雌雄異株。東北地方南部から九州の太平洋側に生育するクロモジの変種で、葉が長さ10cm以上と大きく、裏面の脈に淡黄色の軟毛が生える。4月、葉の展開と同時に淡黄緑色の花のかたまりを枝の節につける。樹皮の模様が文字のように見えるところからついた名。


 枝先にうっすら雪を乗せたように白い花をつけているのはマルバアオダモアカメガシワは花のような真っ赤な葉を広げています。クリの枝についた虫こぶ、クリメコブズイフシも遠くから見ると赤い花のようです。

■左:マルバアオダモ(丸葉青櫤)別名ホソバアオダモ、トサトネリコ、コガネアオダモ、コガネヤチダモ モクセイ科トネリコ属。
北海道から九州の日当たりのよい山野に生育する落葉高木。雌雄異株。葉は3~5枚がセットになる。4~5月に細い4枚の花弁の花を多数房状につける。アオダモ(枝を水に浸けておくと水が青くなることから、雨上がりに樹皮が緑青色になることからなどの説がある)に似ていて葉の鋸歯がほとんどないことからついた名。ダモ(タモ)はトネリコの別名タモノキから。
■中:アカメガシワ(赤芽槲、赤芽柏)トウダイグサ科アカメガシワ属
本州から九州の明るい林縁や伐採跡地、河原などに生育する落葉高木。雌雄異株。6~7月に円錐状に花をつけるが雄花雌花ともに花弁はない。新葉が赤く、葉が大きくなりカシワと同様に食べ物を載せたり包んだりしたことからついた名。
■右:クリメコブズイフシ(栗目瘤髄節)
クリの芽にクリタマバチが産卵したために肥大した虫こぶ。鮮やかな赤色から緑色に変わる。中の数個の虫室で幼虫が越冬し、6~7月に羽化する。成虫は雌のみで単為生殖する。クリタマバチはクリの代表的な害虫で、クリの新芽の成長を阻害し、実がならず枯れてしまうこともある。北海道から九州で見られる。

 視線を足元に落とすと、スミレやカキドオシ、ニシキゴロモなども小さな花をつけ、近くには白い花のニシキゴロモも。日本海側に多いシロバナニシキゴロモです。薄暗い林縁では、まるで小さな風車のような独特な形をしたキクバオウレンの実もありました。

■左・中:ニシキゴロモ(錦衣)、シロバナニシキゴロモ(白花錦衣)シソ科キランソウ属
北海道から九州の山地や林などに生育する多年草。4~5月、淡紫色の花をつける。葉の表面は葉脈に沿って紫色に、裏面は紫色を帯びる。この葉の美しさから名前がついた。葉は地際に集中し、あまり立ち上がらない。同じキランソウ属のキランソウやジュウニヒトエは全体に毛が多いがニシキゴロモは毛が少ない。シロバナニシキゴロモ(白花錦衣)は白い花の品種で日本海側に多い。
■右:キクバオウレン(菊葉黄蓮)キンポウゲ科オウレン属
北海道から本州、四国の山地の林床に生育する常緑多年草。雌雄異株。3~4月に白い花を2~3個つける。5~6枚の花弁に見えるのは萼片。タネが入っている袋果は矢車状に並ぶ。葉は1回3出複葉。セリバオウレン(芹葉黄蓮)は葉がさらに切れ込み2回3出複葉。

 能登 志賀の郷リゾート内は樹々がそれほど大きくないので、明るい林が続きます。今回お邪魔したH様のお宅もそんな林に沿うようにありました。傾斜地に位置する敷地の道路側に建物、日当たりのよいテラス周辺、斜面の芝生と花壇、既存樹の林、とバランスのよいエリア分けがしてあります。日当たりの良い斜面ではピンク色の芝桜が満開。階段状の花壇は排水がよくジャーマンアイリスなどの宿根草も元気に育っていました。大阪でもいろいろな植物を育てていらっしゃる奥様は知識も豊富。この日も朝から既存樹の林にアジサイを植栽されていました。ちょうど咲き始めたクレマチスを見つけた時の満面の笑顔からガーデニングをとても楽しんでいらっしゃるのが伝わってきました。将来は緩やかな斜面の林でお孫さんとソリをしたいそうです。なんとも羨ましい森林住宅ならではの楽しみ方でしょう。

■H様邸
日がよく当たる建物の前の斜面に広がる庭。鮮やかなピンク色のシバザクラと芝生の緑が目を引く。さらに下には既存樹を残した落葉樹の林があり、ひなたの庭と木陰の庭のどちらも楽しめる。

 次に能登 志賀の郷リゾートを訪れた際に時間があると必ず歩く中央公園に。能登温泉健康村のほぼ中央、南北に細長く広がる草原の中に池があります。少し伸び始めた草原にはウマノアシガタやコメツブツメクサ、ヘビイチゴなどの黄色い花が点々と咲いていました。薄紫色のはムラサキサギゴケだなと草原を歩いていると、うっすら青く見える場所が。近づいてみるとワスレナグサに似た花がたくさん咲いていました。くるんと犬の尾のように丸まった花の塊はワスレナグサと同じ。5弁の小さな花は咲き始めは黄色、咲く進むと青い花に変わるハマワスレナグサでした。

■左:中央公園
草が伸び始めた草原に咲くサクラの株元にはウマノアシガタやムラサキサギゴケなどが群生していた。
■中: ウマノアシガタ(馬の足形、馬の脚形)別名キンポウゲ キンポウゲ科キンポウゲ属
北海道から九州の日当たりのよい山野に生育する多年草。4~5月に光沢のある黄色い5弁の花をつける。名前の由来は根生葉が馬のひずめに似ているという説や、花が馬のひずめを守るための『馬わらじ』に似ているからという説などがある。別名のキンポウゲ(金鳳花)は本来は八重咲きタイプを指す。
■右:ハマワスレナグサ(浜勿忘草、浜忘れな草)
ムラサキ科ワスレナグサ属 ヨーロッパ、西アジア原産の2年草。帰化植物。湿った草地などに生育する。ワスレナグサを小型にしたキュウリグサよりさらに小さく、5~6月につける花は直径2mmほど。咲き始めが黄色く咲き進むと青色に変化する。特に海岸生ではなく「浜」の由来は不明。ワスレナグサは恋人のためにドナウ河畔の花を摘もうとし足を滑らせた青年が流されながら「私を忘れないで」と花を投げたというドイツの伝説からついた英名forget-me-notの和訳が由来。
 
 能登志賀の郷リゾートを後にする前に能登ロイヤルホテルの屋上に上がってみました。 志賀の郷リゾートはなだらかな丘陵地に広がるため、近くに海があるのを忘れていましたが、能登ロイヤルホテルからは緑の樹々の先に日本海を見ることができます。360度の眺望を楽しめる屋上からの一番のお薦めは日本海に沈む夕日だそうです。その美しさから、能登ロイヤルホテルは今年の春に「日本の夕陽百選の宿」に認定されました。次回は水平線に沈む夕日を是非見てみたいです。

■能登ロイヤルホテル屋上から
なだらかな丘陵地に建つ能登ロイヤルホテル屋上からは、360度の景色を遮るものなく見渡すことができる。ここから見る日本海に沈む夕日が美しく、『日本の夕陽百選の宿』に認定されている。

 今回は能登志賀の郷リゾートの周辺、石川県の中西部に位置する志賀町(しかまち)をゆっくり巡りました。南北に細長く西側が日本海に面している志賀町は、日本の白砂青松100選と日本の水浴場55選に選ばれた増穂浦海岸や、日本の水浴場88選の大島海岸などの穏やかな海岸線と、対照的な能登金剛と呼ばれる日本海の荒波が作り出した奇石や険しい断崖などがあり、変化に富んだ海岸線沿いは能登半島国定公園の一部に含まれています。今回はその中の機具岩(はたごいわ)、関野鼻海岸、ヤセの断崖に行ってみることにしました。

 能登志賀の郷リゾートから海岸線に沿って県道35号線を北に進むと、
花のミュージアム フローリィの南欧風の建物が見えてきました。温室に入ると様々な草花が咲き乱れる先の大きな窓の外に日本海が広がり、まるで絵のような風景です。屋外のアリスの庭では色とりどりのチューリップが満開。区画ごとにチューリップの色に合わせた配色の花花が楽しめました。カフェや日本海を見渡せる芝生広場などもあり、ゆったりとした時間を過ごせそうです。

■花のミュージアム フローリィ
500種類を超える草花を楽しむことができる施設。南欧をイメージした建物の中は、パティオ(中庭)風の空間やガーデンハウス(温室)、カフェや売店がある。温室はカナール(水路)を中心に植物が植えられ、奥にはサンクンガーデン(沈床花壇)、その先には日本海が広がる。屋外には四季の花々が植えられた整形式庭園のアリスの庭や、日本海に向けて滑り降りるスライダーや眺望を楽しめる芝生広場もある。※冬季は休館。[志賀町赤住]

 さらに北上すると、西能登の中でも屈指の夕景スポットである『機具岩(はたごいわ)』があります。『能登二見』とも呼ばれているように、大小2つの岩が並ぶ姿は伊勢の二見岩(夫婦岩)に似ていますが、大きさはこちらの方が大きく、穴が空いている大きな岩の方が女岩だそうです。

■機具岩(はたごいわ)
大小2つの岩がしめ縄で結ばれている姿が伊勢二見岩に似ていることから『能登二見』とも呼ばれる。形から機織りを広めた渟名木入比目命(ぬなきいりひめのみこと)が山賊に襲われ時に、背負っていた織り機を海に投げたところ岩に変じたという伝説がある。[志賀町七海]

 変化に富んだ形のクリーム色がかった岩が連なる『関野鼻海岸』は石灰質が海水などによって侵食されできた日本海側最大級のカルスト地形です。2007年の能登半島地震の震源地に近かったため、建物や一部の遊歩道は閉鎖されていますが、名前の由来になったという龍の鼻に似ている海に突き出た先端へは行くことができます。この日の日本海は穏やかだったので、静かに広がる美しい青い海の先にヤセの断崖をはじめとする複雑な海岸線が続いていました。戻る途中で枯れ草の中にウラシマソウを発見。糸のように長く伸びた苞の先端が特徴ですが、この崖の上から釣り糸を垂らすには糸が短かすぎるようです。

■左:関野鼻海岸
日本海側最大のカルスト地形。石川県の天然記念物に指定されている関野鼻ドリーネ群(石灰質層が雨水や地下水の溶食によってできたすり鉢状の穴)がある。名前は龍の鼻に似ていることからつけられたという。ここからはヤセの断崖を見ることができる。[志賀町笹波]
■右:ウラシマソウ(浦島草)サトイモ科テンナンショウ属
北海道南部から本州、四国東部、九州の山野に林床などに生育する多年草。雌雄異株。3~5月に花のように見える茶褐色の仏炎苞の中に花弁のない花の塊をつける。若い株は雄花、成熟した株は雌花をつけるが、中には雄花と雌花の両方をつける株もある。名前は仏炎苞の一部が紐状に長く伸びた様子を浦島太郎が釣り糸を垂れる姿に見立てた。

 次に向かった『ヤセの断崖』は松本清張の『ゼロの焦点』の舞台になったことで有名な高さ35mの断崖絶壁です。海にせり出していた突端は地震で崩落し姿が変わってしまいましたが、迫力のある景色は変わりません。近くにある『義経の舟隠し』と名付けられた細長い入江も断崖絶壁に囲まれ、孔雀の羽の色のように場所によって藍色や碧色に変わる美しい海をのぞき込んでいると、吸い込まれてしまいそうです。途中の道路沿いにはアマドコロの群落が。大きく花の数が多い株はヤマアマドコロのようです。

■左:ヤセの断崖
松本清張の「ゼロの焦点」の舞台になった高さ35mの断崖絶壁。変化に富んだ海岸線が続く能登半島国定公園の代表的な景観。土地が痩せていて作物が作れないからとの説やその先端に立って海面を見下ろすと身も痩せる思いがするからという説がある。2007年の能登半島地震で一部が崩落して姿が変わってしまった。写真は関野鼻から[志賀町笹波]
■中:義経の舟隠し
源義経が、頼朝の追手や嵐から逃れるため、48隻 もの舟を隠したといわれる細く奥に長い入江。ヤセの断崖とつなぐ遊歩道がある。[志賀町笹波]
■右:ヤマアマドコロ(山甘野老)ユリ科 ナルコユリ属
本州の秋田県から京都府の日本海岸側の山地や草地に生育する多年草。4~6月に白色で先端が緑色の筒状の花をつける。根がヤマイモ科のトコロに似て、甘みがあることからついた名。茎に稜があること、花と花茎の接点に緑色の突起がないこと、花数が多いこと、などからヤマアマドコロとした。


 ヤセの断崖から戻る途中、県道49号線を少し南下した道沿いに『大笹波水田(おおささなみすいでん)』という棚田があります。棚田は世界農業遺産『能登の里山里海』に認定されている能登半島を代表する里山の景観。大笹波水田も日本の棚田百選の一つに選ばれています。道沿いに展望台があるので、車を止めて全体の様子を見ようと近づくと何か動くものが。タヌキです。すぐに水路に隠れてしまったので、残念ながらシャッターチャンスを逃してしまいました。昭和40年代に圃場整備された180枚の田が緩やかな傾斜に広がっています。この日はまだ田植えシーズンの少し前だったので、水を張った田は数枚でしたが、田植えが終わるとかなり印象が変わることでしょう。上部からは棚田の先に日本海が見えるので、夕焼けのに染まる棚田と日本海という美しい景色も見られるそうです。

■大笹波水田(おおささなみすいでん)
ヤセの断崖からやや南方に位置する180枚の棚田。日本の棚田百選の一つ。上部からは棚田の先に日本海が見える。写真は県道49号線沿いにある展望台から。[志賀町笹波]

 続いて内陸部を走ってみました。志賀町は海の幸はもちろん、棚田で育てられた米をはじめ赤土スイカ、能登金時(サツマイモ)など山の幸も豊富な地です。そんな山の幸で忘れてならない干し柿『ころ柿』は能登を代表とする特産品。山沿いの農村を走っていると、2階の窓を大きくとった建物が多く見られます。2階は秋になると柿の干し場になるようです。朱赤色の柿がすだれのように下がる様子は、志賀町の秋の風物詩のひとつに挙げられています。

 志賀町の小さな集落には歴史深い社寺が多くあり、今も大切に守られています。今回そのような寺社もいくつか訪ねることができました。田畑の中に静かに立つ茅葺屋根の松尾神社もそのひとつ。本殿は覆屋によって保護されているため見ることができないのは残念ですが、室町時代末期の建築と推定され、国の重要文化財に指定されています。茅葺の拝殿も同じ頃のものと推定されている建物です。神社のすぐ横、様々な形の石塔が並ぶ階段を上ったところに建つ松尾寺は、松尾神社の別当寺だった寺で、松尾神社の念持仏である南北朝時代の鋳銅薬師如来懸仏が蔵されているそうです。明治時代の廃仏毀釈の際に多くが処分されてしまった懸仏ですが、能登地方にはいくつも残されているそうです。

■松尾神社 
覆屋によって保護されている本殿は室町時代末期に建てられたと推定され、国の重要文化財に指定されている。茅葺の拝殿(石川県指定文化財)も同じ頃のものと推定される。別当寺だった松尾寺には志賀町指定文化財の木造阿弥陀如来立像や絹本著色十三仏図などの他、松尾大明神(松尾神社)の鋳銅薬師如来懸仏(南北朝時代)や銅板打出薬師如来懸仏(室町時代後期)など5面の懸仏(石川県指定文化財)が所蔵されている。懸仏は銅や木などの円板上に仏像などをあらわし、柱や壁にかけて礼拝するために平安時代から作られた。[志賀町町居]

 志賀町とお隣の輪島市との境界にそびえる高爪山は能登富士と呼ばれる美しい山です。山頂に高爪神社の奥の院が、麓には高爪神社が鎮座しています。かつては山麓に壮大な寺院僧坊が建ち並んでいた信仰の山で、前田利家をはじめ、代々の藩主の崇敬も得てきたそうです。この神社にも国指定重要文化財の懸仏六面が伝えられています。参道横には朱赤色の花をびっしりとつけたツツジの大木がありました。キリシマツツジです。能登地方には寺社や民家に樹齢100年を越すキリシマツツジの古木が多くあり、『のとキリシマツツジ』と呼ばれています。高爪神社の株もその1株。‘本霧島(ホンキリシマ)’という品種だそうです。

■左:高爪山
志賀町と輪島市の境にそびえる標高341mの山。山頂に高爪神社の奥宮が鎮座する。美しい容姿から能登富士とも呼ばれる。山麓一帯は古くからの壮大な寺院僧坊が建ち並び賑わった信仰の地であったと伝えられる。
■中:.高爪神社
高爪山の南側山麓に鎮座する社。鎌倉時代初期の懸仏六面(国指定重要文化財)や鎌倉時代前期の木造薬師如来坐像(石川県指定文化財)がある。前田利家が十一面観音を安置して以来、高爪神社は観音堂としての信仰をあつめ、能登国33番観音霊所の第26番の札所。利家の自筆と伝わる文書も所蔵されている。[志賀町大福寺]神仏習合の時代が長く続いたが、明治2年、寺院を廃絶して神社だけの今日の姿になった。
■右:のとキリシマツツジ
キリシマツツジ(霧島躑躅)はツツジ科ツツジ属の常緑低木で、多くの園芸品種がある。『のとキリシマツツジ』は能登半島に分布する江戸キリシマ品種群のツツジ。能登地方には樹齢100年を越す古木が500個体以上分布し、4月下旬から5月中旬に開花する。この時期には毎年『のとキリシマツツジオープンガーデン』が開催されている。高爪神社の株は現在確認されている7品種の中の‘本霧島(ホンキリシマ)’という朱赤一重咲きの品種。

 他にも江戸時代中期に作庭されたと伝わる長龍寺の庭園(鹿谷園)や、鎌倉周辺以外では稀な岸壁に掘られた地頭町中世墳墓窟群ミズバショウで知られる来入寺など、興味深い寺社や史跡が町の中に点在していることに驚きました。

■左:長龍寺庭園(別名 鹿谷園)
江戸時代中期、能登の駒造(小堀遠州の弟子と伝えられる)によって作庭されたとさせる山裾を築山と見立てた池泉式庭園。鶴亀をイメージした庭園は初夏にはツツジの花で彩られる。志賀町の指定文化財。長龍寺は宝徳元年(1449年)建立と伝えられ、室町末期の阿弥陀如来坐像や生観音像などが伝わる。[志賀町谷屋]
■中:地頭町中世墳墓窟群
富来川左岸の岸壁に掘られた7つの墳墓窟。中には仏塔が安置されている。『やぐら』と呼ばれ、主に中世の鎌倉で武士の墓としてさかんに作られた横穴式墳墓で、他の地域にはあまり例がない。[志賀町富来地頭町]
■右:ミズバショウ(水芭蕉)サトイモ科ミズバショウ属
北海道から本州の兵庫県、中部地方以北の湿った草原や湿原、湿潤な林などに生育する多年草。低地では春、高地では初夏から夏に花をつける。花弁のように見える白い部分は仏炎苞と呼ばれ、仏炎苞に守られるように立ち上がる棍棒状の部分に小さな淡緑色の花が密集してつく。葉は花後に成長し、長さ80cmもの大きさになり、バショウの葉に似ることからついた名。
 

  今回志賀町の中を少し廻っただけでも日本海の荒波が作り出す景観や長い歴史を持つ寺社、様々な植物など見所がたくさんありました。能登半島の一角にある静かな町の奥深さに触れ、魅力をもっと知りたくなりました。次回は違う季節の志賀町を歩いてみたいと思います。
※写真はすべて平成28年4月撮影

担当スタッフ紹介

ガイド写真

自然観察指導員1級造園施工管理技士
グリーンアドバイザー

関口 亮子

群馬県前橋市出身、恵泉女学園短期大学園芸生活学科卒業、現在「むろたに園芸研究所」勤務、設計、草花植栽、園芸講座講師を担当、特に自然風の庭造りを得意とする。

 

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