皆さまこんにちは!佐田岬リゾートの石垣です。
前回の記事で、かつて瀬戸内海を舞台に活躍した
『村上水軍』とその舞台『能島』についてご紹介させて頂きました。
‥私、愛媛県に赴任するこの歳まで『村上水軍』について
全く何も知りませんでした。まだまだ勉強不足な若造です。
(松山自動車道・松山ICから東へ今治方面へ。)
最近ではここ瀬戸内海・『村上水軍』を題材とした小説も
大変な人気を博していますね。
瀬戸内海の水先案内人として、またこの地域の
自警団として地域に密着していたと同時に、その意に従わない
通行船はボッコボコにするという『海賊』でもあった『村上水軍』。
その歴史を少しでも身をもって学ぶべく早速行ってきました。
今回の行き先は愛媛県・今治市・『来島(くるしま)海峡』です。
広島県と愛媛県を繋ぐ西瀬戸自動車道・通称『しまなみ海道』の
来島海峡サービスエリアに向かいます。
そこから見た景色がこれ。天候にも恵まれ爽快な景色が広がっています。
でも船乗りの方はそんな悠長な事は言ってられません。
この『来島海峡』は『曲がっている』・『狭い』・
『小島が多い』・『潮流が早い』と全国、いや世界的にも相当の難所。
それでもここを通らなければ、大切な物流が止まってしまいます。
車の運転にルールがあるように
船舶の運行にも勿論ルールがありますが、
ここ来島海峡では、あまりの急潮と特異な地形の為
世界的にも類を見ない独自の運行ルールが定められているとの事です。
船舶技術がまるで違う現代と数百年も前とでは
そりゃ通行料払ってでも地元に詳しい水先案内人に従う事が、
最も安全だったのでしょう。
我が娘たちにも、今はまだ分らなくても
大きくなった時にこの写真を見て、そんな歴史を
学ぶきっかけになってくれたらいいなぁ、と思うのでありました。